大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山形地方裁判所 昭和59年(わ)150号 判決

主文

被告人を禁錮二年に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五五年九月株式会社蔵王観光ホテルの代表取締役に就任し、同会社が経営する山形市蔵王温泉二番地所在のホテル「蔵王観光ホテル」の経営、管理を統括し、かつ、防火管理者となり、防火対象物である同ホテルの建物について消防計画の作成、当該消防計画に基づく消火、通報及び避難の訓練の実施、消防の用に供する設備、消防用水又は消火活動上必要な設備、施設の点検及び整備並びに避難又は防火上必要な構造及び設備の維持管理その他防火管理上必要な業務に従事していたものであるが、同ホテル本館は、客室二八室(宿泊定員一〇七名)を擁する昭和四年ころ建築された木造四階建の老朽建物(延床面積約一五九六・二平方メートル)で、その三階部分はほぼ東西に区画されていて相互に往来することができず、一階から二階に通じる階段と二階から三階に通じる階段とは離れて設けられ直接連絡することができない構造となっているうえ、冬期間に入るとスキー客ら多数が宿泊しており、ひとたび同建物が火災になると延焼が早く、かつ火煙が伝走、拡大しやすく、適切な通報、誘導などを欠くときは、同ホテルに現在する宿泊客、従業員、被告人の家族を早期かつ安全に避難させることが困難な状態となって同人らの生命、身体に危害を及ぼす危険のあることが予想されたのであるから、万一火災が発生した場合においては、同ホテル宿泊客、同ホテルに住込みで稼働していた従業員、同ホテルに居住していた被告人の家族が早期に火災発生の事実を覚知してより早く避難態勢をとりうるために同建物に設置されていた自動火災報知設備を常に正常に作動しうる状態に置くよう管理し、右宿泊客らの生命、身体の安全を確保すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、自動火災報知設備のうちの受信器(感知器が火災の発生を感知したときこれを受信して非常ベル等の電鈴を鳴動させるもの)が被告人の普段執務する同ホテル本館一階事務室に設置され、受信器の主音響スイッチ又は地区音響スイッチ(スイッチが正常の位置にあれば電鈴が鳴動する)。のいずれか一方でも断にされていれば受信器前面のスイッチ注意灯が点滅するようになっており、被告人にとって右受信器の各音響スイッチの状態を確認することが極めて容易であり、また、同ホテル従業員宮林和枝が、火災が発生していないのに感知器が誤って火災が発生したと感知して自動火災報知設備が作動するいわゆる非火災報があったときなどに、一時的に受信器の各音響スイッチを断にして電鈴が鳴動しないようにすることがあったことを知っていたにもかかわらず、昭和五八年二月二〇日午後一〇時三〇分ころ執務を終えて最後に前記事務室を出るに際し、右受信器の各音響スイッチの状態を確認せず、右各音響スイッチが、それ以前に前記宮林和枝によって断にされ、そのため断の状態のままになっていたことを見逃した過失により、同月二一日午前三時すぎころ、同ホテル本館二階東側男子便所付近から出火して火災が発生した際、同建物に現在した宿泊客、従業員及び被告人の家族をして自動火災報知設備のうち電鈴の鳴動による火災発生の早期覚知の機会を失わせてその避難の開始を遅らせ、安全に避難することを不能又は著しく困難にさせ、よって、そのころ、同建物内において、別紙死亡者一覧表記載のとおり、別所治子(当時五四歳)ほか一〇名をして一酸化炭素中毒により死亡させ、同建物四階客室に宿泊していた井上優(当時二八歳)及び井上雅子(当時二五歳)をして同客室窓ガラスを破って避難し、あるいは、煙を吸引することなどを余儀なくさせ、右井上優に対し加療約一週間を要する両手両足切創の傷害を、右井上雅子に対し加療約五か月を要する喉頭熱傷、気管支肺炎、急性鼻咽喉頭炎の傷害をそれぞれ負わせたものである。

(証拠の標目)《省略》

(争点に対する判断)

被告人に対する起訴状の公訴事実において、被告人の過失の内容として掲記されている「(蔵王観光ホテルの)事務員宮林和枝をして前記自動火災報知設備の音響装置のスイッチを断にさせたままこれを放置した」との記載の具体的内容について、検察官は、本件公判過程において、「被告人は、本件火災発生前日の昭和五八年二月二〇日夜又は本件火災発生の数日前ころ、前記宮林和枝に対し、夜間は本件受信装置の音響スイッチ(右装置の機構等については後に説明する。)を断にして放置しておくよう積極的に指示し、右宮林が、これに基づき、同月二〇日夜ころ、右各音響スイッチを断にしてこれを放置した」ことを記載したものであると説明している。

これに対し、被告人及び弁護人は、「本件公訴事実については、被告人の防火管理者としての立場を含め、右公訴事実記載の外形事実及び被告人の注意義務の内容については争わない。従ってまた、右音響スイッチが本件火災発生当時断になっていて本件火災発生の事実を同ホテルの宿泊客や従業員に覚知させるのが遅れ、そのため、公訴事実記載のとおり死傷者が発生したこと、右結果発生について被告人には過失責任があることを争うものではないが、被告人は、宮林和枝に対しては、非火災報が発生した場合には、便宜上、一時的に「断」にセットするよう指示したに過ぎず、被告人は、被告人が同女に受信器の操作を委せたうえ、右の指示をしたものの、防火管理者としてなすべき同スイッチを「断」にセットしたあとの事後の確認を怠ったに過ぎず、本件は、被告人のスイッチの状態の確認の単なる見過し行為の結果惹起されたものである。」と主張する。

一  右争点につき判断するに先立ち、右争点を判断するため必要な事項につき考えると、本件関係各証拠によれば、以下の各事実が認められる。

1  被告人は、昭和五五年九月株式会社蔵王観光ホテル(以下「会社」という。)の代表取締役社長に就任し、同社の経営する判示蔵王観光ホテル(以下「ホテル」という。)の経営、管理を統括し、また、防火対象物である同ホテル建物の防火管理者であり、防火管理業務に従事していた。

2  ホテルの建物には、自動火災報知設備が設置されており、ホテル本館、別館及び新館に定温式スポット型、差動式スポット型の熱感知器が、そして各階に地区音響装置としての電鈴(非常ベル)及び発信器(火災報知器)がそれぞれ備付けられ、ホテル本館一階の事務室内にP型一級受信器(二〇回線のもので、一警戒区域ごとに一回線となっており、本件火災当時は一九回線が使用されていた。以下「本件受信器」ともいう。)が備付けられており、右受信器の前面には、火災表示灯、地区表示灯、主音響スイッチ(受信器内の音響装置を鳴動させるもの)、地区音響スイッチ(非常ベルを鳴動させるもの)等があり、各警戒区域内の感知器により火災発生が感知されたり火災報知器のボタンが押されたりすると、受信器の火災表示灯及び火災発生地区を表示する地区表示灯が点灯して火災発生区域が示されるとともに、全館に非常ベルが鳴って自動的に火災の発生が報知されるしくみになっていたものであるが、本件火災発生時には、右受信器の各音響スイッチがいずれも断の状態のままであったため、本件火災に際して、主音響装置及び地区音響装置(非常ベル)がともに鳴動しなかった。

3  右各音響スイッチが断の状態になっていたのは、ホテル従業員である宮林和枝(本件火災により死亡した。)が、昭和五八年二月二〇日午後一〇時三〇分ころ被告人が前記ホテル事務室を出る以前にこれを断にしたからである。(なお本件受信器の操作には、右宮林のほか、被告人、ホテル支配人である飯野裕士、被告人の妻優子があたることもあったが、本件火災の前日ころから本件火災発生に至るまでの間、右宮林以外の者が本件受信器の音響スイッチを断にしたことを推認させる証拠は存しない。)

二1  そこで、検察官主張のように、被告人が宮林和枝に対し、夜間は、本件受信器の各音響スイッチを断にしておくように指示したこと、また、同女は被告人の右指示に従って右各スイッチを断状態にして、これを意識的に放置したことが、証拠により認められるか否かを検討すると、当裁判所で取り調べた全ての証拠を精査しても、被告人が宮林和枝に対し、夜間は本件受信器の各音響スイッチを断状態にしたまま放置しておくようにとの指示を、いつ、どこで、どのような機会に、どのような言葉によってしたのか、また、右宮林において、右スイッチを本件火災の前夜又はその数日前のいつごろから、夜間は断状態にして放置しておく措置を取ることにしたか否かを、直接かつ具体的に認定させるといえる証拠は存しない。

2  検察官は、「(ア)被告人の司法警察員に対する昭和五八年二月二一日付各供述調書並びに被告人の検察官に対する昭和五九年六月二六日付及び同年七月九日付各供述調書によれば、昭和五七年一二月以降も本件火災報知設備の非火災報がやまず、また同五八年一月ころ宮林から「非火災報が多くて客に迷惑がかかるがどうしたらよいか」との相談を受け、「やむを得ない時はスイッチを切っておいてくれ。」と言って指示したこと、その結果、現に右スイッチを切っておくことがあり、その時間は、一時間から二時間の時もあり、スイッチを切り離したままにしていた時もあったことを、被告人が認めていることは明らかであり、(イ)更に被告人の当公判廷における供述及び捜査官に対する各供述調書、証人飯野裕士の当公判廷における供述によれば、被告人は、蔵王観光ホテルのワンマン的経営者として、同ホテルの日常業務の些細なことまで掌握処理していて、たとえば、非火災報が多くて困っているとの相談を宮林和枝が同ホテルの支配人である飯野裕士に持ちかけるや、飯野において被告人に対し右相談を受けたことを報告するなどに至るまで、その掌握処理は徹底していたことが明らかであり、従って、被告人は自ら防火管理者となっていて操作上の責任を負う本件受信器の音響スイッチについて、単なる非火災報発生停止のための一時的切断を認めることはともかく、宿泊客の印象悪化防止のための終夜にわたるような極めて重要なスイッチ操作を包括的に宮林に一任したとは到底認め難く、その旨を具体的に指示していたことは明らかであり、(ウ)被告人の第八回公判における供述などによれば、右宮林和枝は、従順、素直な性格で、日常業務についても上司である被告人や飯野裕士の指示を仰いで処理し、決して独断専行するようなことがなかったから、被告人の指示を受けずに終夜にわたって本件受信機の各音響スイッチを断状態にしたまま放置するとは考えられず、(エ)被告人及び従業員らの捜査官に対する供述によれば、同ホテルにおいては、昭和五八年一月ころから非火災報がしばしば発生し、特に本件火災の三日ほど前から前日ころにかけてこれが頻繁に発生したことが認められ、右非火災報発生状況に照らせば、被告人としては宿泊客の苦情を招かないよう夜間における非火災報の発生を防ぐため、本件受信器の各音響スイッチを断状態にして放置すべき動機があったと認められ、以上の各考察結果あるいは客観的事実を総合考察すれば、本件火災が発生した当時本件受信器の各音響スイッチが断となっていたという状態は、本件火災の前日ころ非火災報が発生した時に、宮林和枝が非常ベルの鳴動を一時的に停止するため右スイッチを断にしたものの、その後これをもとの状態に戻すことを失念したためもたらされたものではなく、本件火災発生前夜、それ以後の夜間に非火災報が発生し客から苦情が出ることをおそれた被告人が、右スイッチを断状態にしたまま放置するよう宮林に指示し、宮林が右指示に従ったためもたらされたものであると認めるべきである。」と主張する。

3  そこで進んで、検察官の右論証の当否について考えると、なるほど検察官が掲記する被告人の司法警察員に対する各供述調書を見ると、被告人は、本件火災の当日、司法警察員に対し、「昨日は、先程話したとおり(本件受信器の各音響スイッチを)宮林が切ったのです。」と断言し、宮林が右措置を取った理由につき、「(昨年の九月ころ防災装置の取替えが済んでからも)誤報はそんなに少なくならず……お客に迷惑をかけることがあったのです。そんな訳で私や妻や宮林和枝が電鈴のスイッチを切るようになったのでした。四、五日前から何故か誤報が多くなったので、主電鈴も切ることがあったのでした。最近では、(私が)三日前、つまり、二月一八日の夜午後一〇時三〇分ころ、寝る前に切っております。主電鈴と地区電鈴のスイッチを切ったのでした。本日の火災でお客さんが非常通報スイッチを押しても電鈴が鳴らなかったと聞いておりますが、それは宮林でも昨日の夜電鈴の作動スイッチを切ったものと思います。私は昨日午後一一時ころ自分の部屋に戻っていますが、非常警報装置は確認しませんでした。(本件のような惨事の)原因は、どうあろうと火災報知器のベルなどのスイッチを切っておった私の責任です。」などと供述し(なお右供述内容の要旨は、被告人の司法警察員に対する昭和五八年二月二一日付各供述調書の記載の順序に従って摘記したものではなく、当裁判所において、ことがらの進展の順序に従い摘記した。)、本件火災発生後約一年四か月を経過した後の昭和五九年六月二六日にも、検察官に対し、「宮林は、火災前夜、非常ベルのスイッチを切っていたのです。このことは……間違いありません。宮林が昨年二月二〇日の夜、非常ベルのスイッチを切っておいたのは、宮林から『誤報が多くて困る。』という意味の相談を受けて、『誤報があってお客さんに迷惑がかかり、困る時は非常ベルのスイッチを切っても良い。』と話しておいた為だと思います。ですから、宮林にスイッチを切っておくことを黙認していたと言われても仕方ありません。」と供述し、更に同年七月九日にも検察官に対し、「昨年一月中旬ころはそのような誤報がたびたびあり、宮林が困って私に誤報が多くてお客さんに迷惑がかかるのでどうしたらいいかという意味の相談をしてきたのだと思います。それで私は新しい受信器になってまた誤報が増えはじめ頻繁にベルが鳴ってお客さんに迷惑がかかるし誤報さわぎで大変なので、そういう時は仕方がないから非常ベルのスイッチを切っておいても良いという意味の指示をしておいたのです。誤報は、同じ時間帯に続けざまに起きることがあり、そのような時はしばらくスイッチを切っておいて鳴らなくなった時またスイッチを入れるのです。問 誤報がなくなるまでの時間はその時によって分らないのではないか。答 私は誤報があった時も宮林が非常ベルのスイッチを切ってその後またスイッチを入れているかどうかいちいち確認はしていません。スイッチを切っていて感知器が誤報を出さなくなるのは一時間とか二時間の時もあるようですが、もっとかかる時もあると思います。それは確認していないのではっきりしませんが、場合によっては、宮林がスイッチを切りっぱなしにしていたときもあるかも知れません。」と供述していることが明らかである。

しかしながら右各供述調書の記載内容全体を通覧して考察すると、被告人は、本件火災発生当時、自動火災報知設備の非常ベルが鳴動しなかった事実を認め、その事実から本件受信器の各音響スイッチが断になっていたことを認め、次いで被告人自身が本件火災発生前夜に音響スイッチを断にしたことはないことを前提に、当時主として本件受信器の操作にあたっていた宮林和枝が右スイッチを断にしたまま右スイッチをもとに戻すことをしていないのだろうと推認し、右宮林が右スイッチを断にしたことについて、被告人がかつて宮林に対し、非火災報が出た場合には右スイッチを断にすることもやむを得ないと話したことがあり、現に宮林が非火災報が出た場合に右スイッチを断にしたことがあることを見たことがあったことをも認め、本件火災により多数の死傷者が発生したことの責任原因につき、たとえ本件火災前夜宮林が本件受信器の各音響スイッチを断にしたままもとに戻すことなく就寝したとしても、被告人には蔵王観光ホテルの防火管理者として求められる宮林への監督責任を怠ったとの非難を免れないことを受け入れる趣旨で供述しているものと認められる。

そして、更に当公判廷における被告人の供述はもとより、被告人の捜査官に対する全供述調書を子細に検討しても、本件火災により多数の死傷者を出したことについての被告人の責任原因についての被告人の供述は、右趣旨の範囲を出ないことが明らかである。

そこで、以上のように、検察官援用の被告人の捜査官に対する供述が、本件火災発生の前夜の宮林の行動について被告人の推認するところを述べたものであり、また被告人が夜間は本件受信器の各音響スイッチを断にしたまま放置しておくよう指示したことがあることを認める趣旨で述べたものではなく、非火災報が出た場合、一時的に各音響スイッチを断にしておき、やがてこれをもとに戻す措置を取ることもやむを得ないと宮林に指示したことがあることを認める趣旨での供述をしたものであることを前提として、検察官の援用する各証拠により、被告人が宮林に対して、夜間は各音響スイッチを断にしておくよう指示したことが認められるかについて検討すると、先にも言及したように、宮林和枝がいつ、いかなる状況のもとに右スイッチを断にしたかを具体的に認めるべき証拠は、当裁判所で取り調べた全証拠を検討しても全然見当らず、ホテル従業員であった菅原保一らの検察官に対する各供述調書、証人飯野裕士の当公判廷における供述及び同人の検察官に対する各供述調書並びに被告人の当公判廷における供述及び捜査段階での各供述調書を総合すると、蔵王観光ホテルでは、本件火災発生直前の昭和五八年二月一八日から同月二〇日にかけての間非火災報が三、四回あり、同月一九日には二回続けて非火災報があったことが認められるが、それ以上に特に非火災報が頻発したことを認めることはできず、右のように非火災報があったとしても、右各証拠によれば、非火災報は主として朝、夕に多く、夜間(午後一〇時三〇分ころから翌朝まで)に発生することは極めてまれであることが認められるから、夜間は常に本件受信器の各音響スイッチを断にしておく必要があったと言い切ることはできず、その他、宮林和枝が従順な性格であったとか、被告人が同ホテルの日常業務の些細のことまで掌握処理していたとかの事実を付け加えてみても、本件火災発生当時右スイッチが断の状態になっていたのは、本件火災の前日ころ、非火災報が発生したので、宮林和枝が、かねてからの非火災報が発生したときは音響スイッチを一時的に断にしてもよいとの被告人の指示に基づき、右スイッチを断にしたが、その後右スイッチをもとの状態に戻すことを忘れたまま就寝したためであるとの推定を否定し切るものではないから、右スイッチが断になっていたのは、被告人が宮林に対してこれを断にして放置するよう指示したからであるとの結論が当然に導き出されるものではない。

4  なお、被告人の山形市消防本部の消防司令に対する昭和五八年二月二一日付質問調書謄本によれば、被告人は、「昨夜はおそらく住込従業員で、事務員兼電話交換手である宮林和枝がベルを止めておいたのではないでしょうか。このことについては、最近これが習慣のようになっておったようです。」と供述していること、証人安藤英男の当公判廷における供述によれば、蔵王観光ホテルに自動火災報知器を設置した株式会社山形ニッタンの従業員である安藤英男は、本件火災発生当日、被告人と会い、火災報知器のベルのスイッチを切っていたのか否かをたずねたところ、被告人から「切ってたんだっけ」との返事を受けたことが認められるが、被告人の右供述及び返答は、いずれも、被告人が宮林和枝に対し夜間は本件受信器の各音響スイッチを断にしておくよう指示し、宮林が右指示に従って右スイッチを断にしたことを認める趣旨の発言とは認め難いから、前3項に記載した当裁判所の判断を左右する証拠というに足りない。

5  以上の次第で、検察官の「被告人は、本件火災前夜又はその数日前、宮林和枝に対し、本件受信器の各音響スイッチは夜間断状態にしておくよう指示し、宮林は右指示に従って、本件火災発生当日の前夜、右スイッチを断にしたまま放置した。」との主張は、合理的な疑いを容れない程度に立証されたということはできない。

三  そこで、弁護人の主張をも踏まえて、本件火災に際して自動火災報知設備が作動しなかった点について、被告人に過失ありと見るべき事由が存在したかについて検討すると、以下のとおりである。

1  本件火災が発生した時、蔵王観光ホテルに設置された自動火災報知設備の音響装置が作動しなかったこと及び右装置が作動しなかったのは、同ホテル従業員宮林和枝が本件火災前日の昭和五八年二月二〇日以前に受信器の各音響スイッチを断にし、本件火災当時も右スイッチが断の状態のままであったことによるものであると認められること、右宮林が、いつ、いかなる理由により右スイッチを断にし、また、同女が故意に、夜間就寝するに至るまで又は就寝するに際し放置したのか、あるいはいったん断にしたのち右スイッチを正常の状態に戻すのを忘れため断の状態のままになっていたのかは確定しがたいこと、更に、被告人が右宮林に対し、右各音響スイッチを夜間は断の状態にしておくように指示したと認めるに足る確証のないことは、先に検討し説明したとおりである。

2  しかしながら、本件受信器の各音響スイッチの操作に関することがらにつき、当裁判所で取り調べた証拠を検討すると、前掲関係各証拠によって、以下の各事実が認められる。

(二) 本件受信機は昭和五六年六月ころに設置されたもので、ホテル本館一階事務室内に備付けられ、前記宮林和枝が執務していた場所付近にあったため、主に同女がその操作を行い、他に被告人、その妻及びホテル支配人飯野裕士が操作をすることがあった。

(二) 右受信器を設置後一年程経過した昭和五七年夏ころから、非火災報が発生するようになり、その回数及び頻度も次第に増え、業者に右設備の点検を依頼し、一部の感知器をとりかえたが、非火災報はなくならなかった。

そのため、被告人は、昭和五八年一月ころ、前記宮林から、非火災報が多くて宿泊客に迷惑がかかるのでどうしたらよいかと相談を受けた際、頻繁に非常ベルが鳴ってはそのたびに宿泊客に迷惑がかかると考えて、宮林には、非火災報が多くて宿泊客に迷惑がかかるようなときには、一時的に受信器の各音響スイッチを切っておいてもよく、これを断にするか否かは宮林の判断にまかせる旨話した。

(三) その後も非火災報があり、その際非常ベルが鳴ることも鳴らないこともあり、宮林が受信器の各音響スイッチを断にしておくこともあった。被告人も前記の宮林からの相談を受けたのち、非火災報の際受信器の火災表示灯が点灯し、非常ベルが鳴らないのを経験し、被告人の前記のような話によって宮林が各音響スイッチを断にしたものと思うことがあった。

(四) 被告人は、ホテル内に居住し、ほぼ毎日ホテル本館一階事務室で執務し、午後一〇時三〇分ころ右事務室を出てホテル本館一階で就寝していたが、右事務室内には、被告人使用の机、椅子、宮林和枝使用の机、椅子、電話交換機器、館内放送設備、本件受信器等があったものの、右受信器の前面を見るのに障害となるようなものはなく、被告人が右受信器の状態を確認することが極めて容易な位置、状況にあり、また、右受信器の各音響スイッチのいずれか一方でも断になっているときは、受信器表面にあるスイッチ注意灯が点滅し、その確認も容易であった。

それにもかかわらず、被告人は、本件火災発生前夜である昭和五八年二月二〇日午後一〇時三〇分ころ、執務を終えて右事務室を出るに際し、本件受信器の各音響スイッチの状態を確認しなかった。

3  以上認定した事実に基づいて被告人の過失を検討するに、被告人は、会社経営者、ホテル建物の防火管理者として、本件関係各証拠によって認められる判示認定のホテル本館建物の構造、材質、宿泊客ら多数の者が存在することなどの事実関係のもとでは、自動火災報知設備が常に正常に作動しうる状態に置くよう管理すべき業務上の注意義務を負うところ、これを怠り、本件受信器の各音響スイッチの状態を確認することが極めて容易であり、また、前記宮林和枝が右各音響スイッチを断にすることがあることを知りながら、右各音響スイッチの状態を確認せず、これが断の状態にあったことを見逃した過失が認められる。

四  以上のとおり、被告人には判示(罪となるべき事実)記載の過失が認められるところ、本件関係各証拠によって認められる本件火災発生を最初に覚知した経緯、そのときの火煙の状況、ホテル本館宿泊客、被告人及び従業員らの火災発生覚知の経緯、その後の避難状況等、本件火災発生後のホテル本館内での火煙の状況並びに本件自動火災報知設備の性能等を総合すれば、本件火災発生時本件自動火災報知設備が正常に作動しうる状態にあれば、本件火災発生後短時間のうちに同設備が作動し、ホテル本館に就寝中の宿泊客、ホテル従業員、被告人の家族が早期に火災の発生を覚知し、より早く避難を開始し、また被告人や従業員らによる避難誘導等が可能となって、避難することがより確実にできたものと認められる。

右過失に加え、検察官は、被告人には宿泊客らに対し火災発生を覚知した後迅速に安全な方向に避難できるようあらかじめ火災発生時における避難路等の周知徹底を図るべき注意義務があるのに、蔵王観光ホテルでは、宿泊客らに対し、宿泊の初日に女中が口頭で避難路の簡単な説明をするか、各階の廊下一か所に避難路を記した図を掲げていたのみで、避難路への案内や防火器具の取扱方法についての説明など一切行われていなかったから、右注意義務を怠った過失があると主張する。なるほどこれまで認定した蔵王観光ホテル建物の構造等に照らせば、検察官主張のように、避難路への案内や防火器具の取扱方法について同ホテル従業員において、宿泊客に対し、逐一説明することが望ましいとはいえるものの、本件火災により、同ホテルの避難路を熟知していた筈の被告人の祖父や同ホテル従業員さえ死亡していることを考え合わせると、同ホテル従業員において、検察官主張のような方法で避難路等を宿泊客に説明することによって宿泊客らの生命、身体の安全が保護された筈であるとするには疑問があり、かつ前記の被告人の本件自動火災報知設備の管理の懈怠という過失は、被告人に対し刑責を問うための必要かつ十分な条件ということができるから、被告人の過失として前記認定の範囲の事項を掲げるに止どめる次第である。

(法令の適用)

被告人の判示所為は各被害者に対するごとに、刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、右は一個の行為で一三個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の最も重い小納谷武志に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮二年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

一  本件は、スキーシーズンたけなわの昭和五八年二月二一日未明に、蔵王スキー場でスキー等を楽しむ客を宿泊させるためのホテルや旅館が多数建ち並ぶ蔵王温泉街に建てられた蔵王観光ホテルにおいて、同ホテル内の電気配線の一部が過熱して発火し、その結果同ホテル及びこれに隣接する建物が焼燬し右火災にあたり避難の遅れた同ホテル宿泊客や同ホテル従業員ら合計一一名が死亡し、二名が傷害を負うという惨事に至ったものであり、右のように多数の死傷者が発生した原因としては、同ホテルの自動火災報知設備の心臓部ともいうべき受信器の音響スイッチが断のまま放置されていたため、火災発生事実の覚知が遅れ、更には火災発生を知った宿泊客らが火災報知器のボタンを押しても非常ベルが鳴動しなかったため、右火災発生の事実を同ホテルに現在する者たち全員に報知するのが遅れたことがあげられるという事案である。

以上のとおり、本件結果の発生については、自動火災報知設備の管理に手落ちがあったことが大きな要因をなしており、右の手落ちについて被告人には過失があると認められるところ、以下に述べる被告人の地位、権限、本件過失の重大性、結果の重大さ、社会的影響等の諸事情に照らすと、被告人の右過失責任は重大で、その刑責はきびしく問われて然るべきものがある。

被告人は、昭和五五年九月、父のあとを継いで株式会社蔵王観光ホテルの代表取締役社長に就任し、同社が経営する判示蔵王観光ホテルの経営、管理を統括し、また同ホテル建物の防火管理者となったものであるが、同会社は右ホテルの経営を主目的とするいわゆる同族会社(資本金一六〇〇万円)であり、被告人がその経営、管理の絶対的な権限を有し、かつ、毎日のように右ホテルにおいて執務し、実際にも同ホテルの営業、事務に関与してこれを掌理していた。

被告人は、右ホテルを経営管理する者として、右ホテルの建物に自動火災報知設備を設け、その管理にあたってきたものであるが、そもそも、自動火災報知設備は、火災の発生を早期に知らせる最も確実で実効のある方途であり、消防法令もその有効性を認めて、本件ホテルのように多数の宿泊客が現在することが予想される建物については、その設置を義務づけており、被告人は右義務に従って、右設備を右ホテルに設置したものであるところ、右自動火災報知設備が正常に作動するよう維持管理さるべきことの必要性は、本件火災が夜間、多数の客が宿泊する時期に、木造の老朽建物で火煙の伝播が早く、その構造上避難経路も複雑になっている建物において発生したものであることに照らすと、なにびとにも容易に理解されるものである。

右のような自動火災報知設備の重要性に照らすと、夜間多数の者が就寝していたホテルにおいて、右設備の中心ともいうべき本件受信器の各音響スイッチが断の状態にあったのを確認しないまま見逃した被告人の責任は重大であるのみならず、右各音響スイッチの状態を確認することが被告人にとって極めて容易であったにもかかわらず、これすら怠った被告人の過失はホテルの経営者であり防火管理者として基本的かつ重要な注意義務に違反する重大な過失であるといわざるをえない。しかも、本件関係各証拠によれば、被告人が右確認を怠ったのは本件火災前夜だけではなく、少なくともその前数日間はこれを怠っていたこと及び被告人が自動火災報知設備の重要性について十分な配慮を欠いていたことが認められ、防火管理者としての責務を全うしていたものとはいえず、その意識に欠けるところがあったといわざるをえない。

そして、本件火災の結果、一一名の死者(うち宿泊客は六名であり、一家の支柱ともいうべき者も含まれている。)と二名の負傷者(宿泊客、うち一名は加療約五か月間にも及ぶ。)が出たものであって、その結果もまた重大である。のみならず、本件火災の規模は、蔵王観光ホテルの本館並びに同ホテルに隣接する柏屋旅館の本館、別館等を全焼させ(焼失延面積合計三一三六・九五平方メートル)、蔵王観光ホテル別館を半焼させる(焼失延面積四四〇平方メートル)という大きなものであり、右のように本件火災が大規模なものになった原因としては、本件火災発生の事実を早期に覚知し、適切な措置を取ることができなかったことが考えられるのである。

加えて、蔵王観光ホテルのあった蔵王温泉地区は、全国有数の温泉街で、かつ蔵王スキー場を抱えるものであり、被告人が、スキーシーズン中に、ホテル経営者、防火管理者としての基本的な注意義務を怠り本件事故を発生させたことは、同温泉街のみならず、ホテル、旅館等の宿泊客や社会に対し大きな不安、不信を与えたことが認められ、その社会的影響も大きい。

二  しかしながら、被告人は、本件事故発生後間もなくして被害者の遺族らとの間で本件事故に関する賠償の示談交渉を始め、昭和五八年一二月までに本件被害者、被害者の遺族との間で総額四億七〇〇〇万円余りを支払う旨の示談が成立し、同五九年一一月末日までに右金員を支払ってその損害の賠償を完了していること、被告人は、右示談交渉において、早期解決を図り、それなりに誠実な態度をもって臨んだと認められ、また被告人は、右示談金を支払うため、前記株式会社蔵王観光ホテル所有不動産や被告人個人所有の財産を処分するなどしてその多額の資金を捻出し、約定の期日に支払っているなど、右被害回復のため積極的な努力を払ったと評価しうること、本件被害者の遺族の一部は被告人を宥恕していること、被告人は、捜査段階及び当公判廷において被告人の過失責任を認め、また、右示談交渉、その賠償金の支払に誠意を示し、本件死者の冥福を祈るなど反省の態度が顕著であること、被告人にはこれまで前科は全くないこと、その他被告人に実刑を科するときは一家の支柱を失い被告人の家族に経済的にも精神的にも多大な影響を及ぼすものと窺われることなど被告人に有利な又は酌むべき事情がある。

三  以上の諸事情を総合判断して、被告人には主文掲記の禁錮刑に処するとともに、その刑の執行を猶予することとした次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊公雄 裁判官 大島哲雄 竹内民生)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例